2008年7月27日の朝日新聞に「公貧社会を読み解く」というタイトルで記事が載っていた。論旨を簡単にまとめるこうなる。
アフリカ諸国が経済発展できないのは、経済基盤を整備するという「公」の果たすべき役割が貧弱すぎるためである。日本でも、同じように公の貧弱さが、格差社会や老後・雇用の不安をもたらしている。
前半は全く正しい。しかし後半は、全くでたらめである。まず、格差を是正したいのなら、その方法は規制や課税ではなく、経済成長が必要不可欠だ。「上げ潮はすべてのボートを引き上げる」というわけだ。そしてそのためには、無意味な規制を取り払って、企業の新規参入を促し、競争を促進する必要がある。次に、老後に不安を抱くのは誰しも同じ事で、かといって、これ以上年金を増やすことはできない。それとも、老人に何不自由なく暮らせるほど十分な年金を与えよ、というのか?若い連中から、彼らが必死になって稼いだ金を毟り取って、日本を現在の苦境へ追い込んだ張本人どもに、遊んで寝て暮らすために十分な年金を与えよ、というのか?馬鹿げた発言はいい加減にして欲しい。最後に雇用である。派遣労働者や最低賃金を規制すれば、日本人労働者ではなく外国人労働者、あるいは日本国内ではなく海外への企業の移転となることは目に見えている。朝日新聞は先手を打って、今度は「名目上研修なのに、実質日本に働きにくる外国人労働者を守れキャンペーン」を張るようだが、今後おそらく外国人労働者が増えていくのは、日本のメディアが「派遣労働者を守れキャンペーン」を行った結果だということをどの程度認識しているのであろうか。っていうよりこの国メディアはどれだけ国民に有害無意味な影響を与えれば気が済むのであろうか?
我々の国は、アフリカに蠢いている国家の体を成していない国々とは異なる。すでに基本的な法体系は整備され、インフラも十分整っている。大きな経済成長も成し遂げた(過去の話だが)。したがって、行うべきは国の市場への過剰な介入の排除である。規制緩和と自由化は必ず大きな痛みを伴い、そしてたぶん10年や20年は続くであろう。しかし、最終的な成功を手にしたいのならば、(私は大嫌いなのだが、新聞が大好きな表現を使うと)「未来の子どもたちのために」敢えて今の我々がその痛みを引き受けるべきである。
先日朝日新聞の経済気象台というコーナーに、「市場経済は社会に貢献する必要がある」という旨の記載があった。市場経済は社会に貢献するのではなく、個々の効用に貢献するのである。社会に貢献する市場経済とは、藤原某のいう武士道経済学のことか?朝日の経済部記者のpolitical economyに対する認識とはこの程度のものか、と唖然とした。

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