1945年8月15日、日本が無条件降伏する確率は100%であった。1日前の8月14日でもやはり100%であろう。さらに一日前の8月13日ではどうであろうか?そうやって、1日ずつ遡って考えていくと、日本が無条件降伏する確率が、100%より小さくなるのはいつであろうか?
いろいろ異論もあると思うが、概ね開戦から半年後のミッドウェー海戦、あるいは、その後のガダルカナル島の戦いの頃であろう。大勢としては、開戦当初から主導権を握って戦いを進めてきた日本軍は、この二つの戦いに敗れた後、アメリカ軍に主導権を握られ、東京まで一気に押し切られたのだから、ここらあたりがターニング・ポイントのはずである。だが、ミッドウェー・ガダルカナルで「勝負あった」のならば、その戦い以降に死んだ数百万の兵士や市民は、犬死であったのだろうか?
彼らの死は、日本が「無条件降伏」というコンセンサスを得るために必要なコストであった。そして、結果の側からみれば、総力戦を戦い抜くための戦争継続の努力は、降伏に必要なコストを吊り上げる。政府による情報管理、徴兵や勤労動員、産業界の再編、資源配分の統制は、結局は決して避けることのできない無条件降伏という結論に至るまでに、数年間という決して短くはない時間を稼ぎ、また、多くの同胞を死に追いやるための、ひとつに統合された精密な機構として機能したに過ぎない。
何の本で読んだか忘れたし、正確には覚えていないが、あるアメリカ人が日本人を次のように言っていた。「品よく負ける術を知らない、あわれな国民だと思うよ」

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